救急医療
2009.5.25の読売新聞には、「鳥取大病院の救急医4人、一斉辞職」について、医師不足や医師の偏在の影響などで深刻な人手不足によるものと書いています。
厚労省の2006年の調査では、日本の医師数は27万8000人と10年前に比べ約15%増えているのに対し、勤務が厳しいとされる外科、産科医は8~10%減少。また救急医は、最低でも約5000人が必要との試算もあるのに対し約1700人しかおらず、慢性的な医師不足状態にあえいでいます。救急医療楽天 の実態はどうなっているのでしょうか。
鳥取大病院の救急医4人、一斉辞職
鳥取大病院(米子市)救急救命センターでは、2009年3月末人手不足などによる激務を理由に、八木敬一教授以下4人の医師が一斉に辞職しました。
同センターは、専任の救急医7人に応援医師を加えた9人態勢で、年間約900人の救急患者を受け入れていました、2006年秋に2人が退職。月6回の宿直は10回ほどに増えました。
八木医師は「救急専門医を育てようと頑張ったが、医師が集まらず心が折れた」と振り返っています。
現在、鳥取大病院(米子市)救急救命センターでは新しい救急医1人に、外科や整形外科などからの応援で急場をしのんでいます。
豊島良太・同大病院院長は「何らかの医師配置の仕組みがないと、地方での医師確保は難しい」と話しています。2009.5.25読売新聞から
NHKの「救急医療、苦悩の現場から」
2009.5.15、「ふるさと発スペシャル」で、「鳥取大学病院、救急医4人一斉辞職」についてのドキュメントを放送していました。辞職の背景と、地域の医療をどう守るかという観点で作られていました。
救急医、辞職の背景
平成12年10月に鳥取県西部地震が起き、その時に救急の充実を求められました。平成16年に鳥取県や自治体の支援を受け、大きな期待のもとに八木敬一医師が21年ぶりに母校へ帰って来ました。
鳥取大病院(米子市)救急救命センターは、3次救急という命に関わる重篤な患者を受け入れる施設です。ちなみに、2次救急は入院の必要がある患者、1次救急は、帰宅可能な患者と分けられています。
鳥取大病院(米子市)救急救命センターは24時間態勢で年間900人の患者を診療していました。鳥取県西部の30万人の命を守っていました。
設備が整っていない
鳥取大病院(米子市)救急救命センターは、初めから救急救命センター用に作られた施設ではなく、他に使われていた施設を改修したものだったのです。入り口で患者の身体を洗う排水施設もなく、蛇口にシャワーを取り付けて急場しのぎでしのいでいたのです。ベッドも1つしか置けませんでした。ベッドが2つ、3つ置ける余裕がないと使えません。
初めはそうでも、予算がついて年々設備が良くなっていけば救急医たちもやる気がおきたに違いありません。
宿直室から救急救命センターまでが遠い
救急医が当直する部屋は、別棟の5階にありました。一刻を争う救急の現場では、走らなければなりません。走っても2分かかりますが、1晩に5~6回も走ることになります。
そうでなくても深夜の緊張する現場で、救急医が当直で無駄に走っていると誰が想像するでしょうか。すぐに近くに宿直室を用意することができなかったのでしょうか。もしくは、宿直室を増設することが可能ではなかったでしょうか。
緊急手術室が遠い
患者が緊急手術が必要な場合が多くありますが、救急救命センターは1階で手術室は4階にありました。エレベーターでも2分かかりす。手術できる場所はすぐそばにないといけません。
他の診療科から十分な支援が受けられなかった
救急救命センターでは、応急措置を施した後は患者に適した診療科へと移すことになりますが、「救急医を助けてあげる」という意識があると救急医との間で軋轢を生じてきます。そんな中でも整形外科の協力は得たようです。
身体の疲弊と他科との連携の不足
月に5~6回の24時間勤務となり、ミスをしてはいけないというストレスと社会の要求に応えなければならないという気持ちで頑張っていました。
「若い医師3人に辞めたいと言われれば、自分も辞めなければならない」「いつかよい施設ができ、いつか仲間ができると思って頑張ったが夢が持てなくなった」と、八木医師の言葉でした。
救急医は、勤務時間が多く大変です。他の診療科も医師不足で大変だと思いますが、輪番で救急の勉強をするために院内派遣をされてもよかったと思いますが、もう一歩踏み込んだ協力態勢ができなかったのでしょうか。(後からでは何とでも言えますが)
5年間、鳥取大病院(米子市)救急救命センターを地域に役立つ場所、砦として機能させようと情熱をそそいでこられたのに、誠に残念です。ここだけの問題ではなく、日本の地方にある救急救命センターでは、よく似た所がたくさんあると思います。医師不足だからと片付けないで、あきらめないで、何とか今の状態を早期に脱出すべく、最良のシステムを作っていかなければと思います。
厚生労働省、日本医師会、国会議員の方々お願いします。そして、救急医療を受ける国民も声をあげないと何も前進しないようです。2009.6.2
その後の鳥取大病院(米子市)救急救命センター
2009年4月から東京から救急の本間正人医師が着任し、9科から12人が応援しているようです。今までは軽症者の救急も別にあったが、救急を1本化し、救急救命センターの当直を2人で診ることにし、内科から1人、外科から1人出すようにするようです。7月からもう1人救急医が来るそうです。また、当直室をセンターの近くに設置する予定だそうです。