寶福寺(宝福寺)

雪舟の涙絵で有名な寶福寺(宝福寺)

近くに住んでいても行くことのなかった、総社市の寶福寺(宝福寺)へ4月6日ついに行きました。まだ、桜も残っていて境内の駐車場では、なぜか焼肉を楽しんでいるグループがあったりして驚きました。

 改修中の建物があることもあってか、日曜日でも見物客は少なく、ゆったりと自然にひたることのできる穴場だと思いました。上の駐車場にあるトイレも新しくて綺麗でした。

寶福寺(宝福寺)は、雪舟楽天 で有名な寺。1420年に雪舟はこの寺の近く、岡山県総社市赤浜で生まれた。武家の家に生まれ、寶福寺(禅寺)に入り修行するが、絵ばかり書き経を読まないので寺の柱にくくりつけられた。雪舟は涙でねずみの絵を書いたら、それを見たお坊さんがあまりにみごとなねずみだったので絵を描くことを許した、といういい伝えがある。

 その後、10歳ぐらいで雪舟は京都の相国寺へ移り絵の勉強も続けた。その後は、中国の明へ渡り2年間水墨画の勉強をした。雪舟の水墨画は、国宝・重要文化財として残っている。

門を入ると正面の本堂?の前に大きな大木が2本ありました。ところが、よく見ると左側の木が葉っぱが無い。枯れているのです。雷でも落ちたのでしょうか。2本の木肌に触ってみましたら、枯れている方はやはり乾燥気味でした。大きな木には木霊が宿ると言いますが、惜しいことですね。

この木の奥の建物が、今改修中の建物です。この建物の右を登っていくと、下の建物にたどりつきます。

ここでは、早朝座禅の会などの催しが行なわれます。シンプルだけど美しい建物ですね。

 最後には美しい三重の塔が印象に残りました。室町時代の建物で国の重要文化財だそうです。1969年に修復されたので赤い色も鮮やかで、周りの緑の中でいっそう輝きを増していました。

細工の美しさに感嘆するとともに、600年間という長き間、人々を癒し、感動させてきたのだと思うと建物といえども尊敬しますね。この先々の人達も、この三重の塔と宝福寺が見られますように。2008.5.10

寶福寺(宝福寺)について

臨済宗東福寺波の寺院で、山号は井山です。井山寶福寺と呼ばれます。もとは、天台宗で鈍庵が住職で興隆し、四条天皇の病気平癒を祈願し、勅願時になったと言われています。 後に、鈍庵は禅を極め禅宗に改宗し、この頃は大いに繁栄していたそうです。

室町時代の終わりに備中兵乱にあたり三重塔だけ残して全山焼失しました。江戸時代に七堂伽藍は復興しましたが、今では本寺と般若院1カ寺となっています。

寺宝としては、明の周東村の作と言われる「地蔵菩薩像」「十王像」が国指定重要文化財としてます。

寶福寺(宝福寺)の三重塔

寶福寺(宝福寺)の三重塔は、1927年(昭和2年)に国指定重要文化財になりました。1967年(昭和42年)から2年間の解体修理で南北朝時代の塔とわかりました。岡山県下では2番目に古い塔と判明しました。一番古い塔は、長福寺三重塔で美作市真神にあります。

暁天坐禅について、午前5時から約1時間、1人500円

暁天坐禅は、明け方に悟りを開いた釈迦にちなんで、毎夏実施されています。2011年は8月1日~8月5日までです。毎日午前4時半から参加を受け付けています。1人500円です。問い合わせは総社・宝福寺0866-92-0024まで。

2011年8月1日には、市内外から約60人が参加したそうです。午前5時から約1時間、方丈で背筋を正して足をくみ、雑念を払って無我の境地を目指します。

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更新日:2020/03/15